「慰霊の日」あいさつ
六十五年前の冬、勤労動員先への空襲によって、突然命を奪われてしまった東邦商業のお二人の先生と十八名の生徒の方々――。
今年も同級生である『辰巳会』の方や卒業生、後輩の教員・職員、生徒、PTAの皆さんが、ここ名東区平和が丘の地に集いました。今年八十七年目を迎えた東邦学園として、決して忘れてはならない日、『慰霊の日』に当たり、御霊をお慰めすると共に、平和への誓いを新たにするものであります。
あの日の出来事は、幾度聞かせていただいても鮮烈であり、胸激しく打たれます。今年は皆様の一年先輩、東邦商業第十八回生の馬場京介さんが、「記念碑に捧げて下さい」と、東邦会宛に手紙をお届け下さいました。ここに拝読しながら、当時を偲びたいと存じます。いま八十三歳になられた馬場さんは、昭和十九年十二月十三日のことを、便箋五枚で次のように語っておられます。
「今年も生涯忘れる事のない人生にとっての無情を、誰も感じた事のない又人生にとっても悲しくやるせない一日が、走馬灯の如く浮かんでは消え、小生が人生を終る迄消える事がない恩師や同僚、(剣道部)一年下の人の多くの人々を亡くした夢の如き一刻でありました。
諸先生と当時四年生の人々十八名と記憶しています。同級生では今井君等爆死した遺体収容者の安置場所に於いて、家族(死亡遺族)の方々の案内役を命ぜられ、尾崎先生(文学教師)と共に多くの遺体の納棺のお手伝いを致し、硬直した遺体の泥を拭い乍ら、泥の除いた蝋人形の如き面影ほのかな紅が浮び、当時の皆さんの面影が浮んで参ります。」
さて、馬場さんが体験されたその時の状況です。
「当時空襲警報と共に余り時間もなく、千種工廠が先に空襲され、当時は浄水場附近に高射砲陣地があり、迎え撃て居りました。私達も自分達で造った防空壕に入りましたが、程なく乾燥した空気をつんざく様な激しい爆弾が十発程は数えましたが、その後は全く解らず、工場待避の命令にて工場を出ましたが、地下道(工場連絡路)は水道管が破れ、金城女学院の生徒が地下道に浮かんでおる中、助ける訳にゆかず、一目散に矢田川原の凹地へ同級生六、七名と共に逃げました。
集中爆弾終了後、工場へ戻り四年生多数生埋めとなり、先生方の壕も直撃との事で、急ぎ小生が連絡係となり遺体の収容及び引渡の当番となり、尾崎先生とその任を行いました。
(居松君の)遺体は同じ剣道部にて一年下であり、物言わぬ人となり顔をガーゼで拭ってやりましたら美しい優しい顔が現われ、正気に戻ったかと思違いを致しました」
最後に馬場さんは、こう結んでおられます。
「毎年十一月の中旬を過ぎますと、旧師旧友のいまわしい事柄を思い出さぬ事は有りません。現在学べる事の大切さと人々の中途で命を失った者達の分も無念を晴らすまで、戦争のない毎日で楽しみが多い今の生徒は此の点を考えて勉学に励んで下さい」と。
齢を重ねられながらも、後輩に伝えようとなさる「生き証人」の方からのメッセージは、私たち戦後生まれの教職員と在校生がしっかりと記憶に刻み、さらに次への代へと受け継ぐべきであると思います。
さて本年二〇〇九年は、世界も日本も大きく動いた年でありました。狂奔した金融資本主義の大破綻によって、住処を追われ、命をつなぐことも危うい人々が未だ世界中に溢れています。日本では毎年三万数千人が自らの命を断つ悲しい現実を止めることができません。
その一方で、新型インフルエンザへの対処では、世界中が協力のネットワークを築きました。アメリカに初めて誕生した黒人のオバマ大統領は、国家、人種、民族、宗教の壁を乗り越え、憎しみではなく和解、対立ではなく協力、共生社会への歩みを呼びかけています。二十世紀後半の冷戦構造を恐怖で縛り付けた核兵器に関して、「核のない時代を目指そう」と理想を掲げました。
日本でも政権が自民党から民主党に移り、就任した鳩山首相は「東アジア共同体構想」を提唱しました。二十世紀前半に日本が侵略と戦争の惨禍を広げた中国、韓国、東南アジア諸国と、国境、言語、人種の違いを共存させたまま、経済と人の交流で新たに結び合おうという考えです。
歴史は幾多の悲劇と反省を重ねながら、私たちにより賢明な生き方を教えてくれます。今年新たに発掘された史実では、陸軍も海軍も戦局に対する確固たる見通しを持たないまま、大戦へ突入し、国民の精神高揚だけのために、若い命を特攻隊にまで送り出していたのです。さらに終戦後、海軍の最上層部・軍令部では、死刑を逃れるため事実を隠し、口裏合わせをしていたとのことです。若く志を遂げることもなく逝かれた皆様には、許せないことでありましょう。
教育活動を預かる者、今学びの途上にある者として、大切なことは各々が自立した志、他者を思いやる知的想像力、未来を見通す洞察力を着実に養っていくことだと思っています。激動の時代、私利や一国のみの利害に走ったり、暴力に暴力で返すようなことがないよう、この地から学園を、そして世界に皆様の思いを発して下さい。
2009年12月8日 学校法人東邦学園 理事長 榊 直樹



